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  • 実写化映画を見てウルトラ幻滅したけど原作超おもろいやんの話

    実写化映画でガッカリした経験、一度や二度じゃないはずだ。でもそのガッカリは原作への入口になる。

    ドラゴンボールの実写化を見た話

    2009年公開のドラゴンボール・エボリューションを覚えているだろうか。

    いろんな意味ではなくあっちの意味で伝説になった作品。孫悟空が金髪の白人少年、亀仙人がハゲていない、ピッコロが緑色の人間みたいな見た目。制作費20億円。

    という衝撃は今でも語り草になっている。

    ただあの映画のおかげで「やっぱり原作ってすごいんだな」と再確認した人は多かったはずだ。

    進撃の巨人の実写版も相当だった

    2015年に公開された進撃の巨人の実写映画も、原作ファンの間では無かったことになっている。

    エレンとミカサの関係性が別物になり、原作にいないオリジナルキャラクターが登場し、巨人のCGが異様に陳腐なホラー化。原作の持つ絶望感や緊張感はほぼ消えたが、見る者の絶望感は違う意味で爆上がりした。

    あの世界観を2時間の実写に落とし込むのが根本的に無理だったとしても軽トラを走らせるのはどうかと思った。

    なぜ実写化はこうなるのか

    理由はシンプルだ。漫画やアニメは「嘘をつける」メディアだからだ。

    進撃の巨人の巨人は、アニメだから恐怖として成立する。実写で同じものを作ろうとすると、どうしてもCGの限界にぶつかる。ドラゴンボールの戦闘シーンも、アニメだからあのスピード感とエフェクトが表現できる。実写でやると安っぽくなる。まぁそもそも上げた2作は原作を読んでいない可能性はあるが、、

    映像技術の問題ではなく、そもそも実写という表現形式との相性の問題だ。

    でも原作は絶対に読むべき理由

    実写化がひどければひどいほど、原作の凄さが際立つ。

    ドラゴンボールの原作を読むと、鳥山明先生のコマ割りと戦闘描写の天才性がわかる。あのスピード感とユーモアのバランスは漫画という形式だからこそ成立している。進撃の巨人の原作は、実写版では完全に消えていた、人類の絶望と希望、それぞれの心理描写、緻密な伏線が見事に描かれていて、読み終わった後にしばらく放心する。

    実写化でガッカリした作品ほど、原作を読んだときの「こっちが本物だ」という感動が大きい。

    実写化映画でウルトラ幻滅したなら、それは原作への最高の入口だ。

    「映画はひどかったけど原作は神」という体験をした人間は、その作品のガチファンになる。幻滅からの逆転が大きいほど、原作への愛着も深くなる。

    次に実写化映画でガッカリしたとき、ぜひ原作を手に取ってみてほしい。映画の100倍面白い世界が待っている可能性が高い。

  • アニメから入るか原作から入るか問題

    いきなり結論:原作から入れるなら原作からがいい。ただしアニメから入ることへの罪悪感は完全に不要だ。

    この議論、ずっと答えが出なかった

    オタク界隈で定期的に勃発するこの論争。「アニメ勢は原作を読め」「アニメから入って何が悪い」。どちらの言い分もわかるので、長年どっちつかずだった。

    ただ最近、自分なりの答えが出た。

    アニメから入ることのメリット

    アニメには「声」と「音楽」がある。これは原作にない強力な武器だ。

    呪術廻戦を例に挙げると、五条悟の声は中村悠一さんが担当している。あの声がついた瞬間にキャラクターの魅力が10倍になった人は多いはずだ。音楽も同じで、YOASOBIのアイドルが流れた瞬間に推しの子に興味を持った人は相当数いる。

    入口としてのハードルが低いのも事実。漫画は絵柄で合う合わないがあるし、1巻を読むのに30分かかる。アニメは1話25分、流し見もできる。

    あと進撃なんかは原作の絵が(特に最初は)アレだったせいで入れなかった、みたいな人もいる、、、

    原作から入ることのメリット

    しかしながら原作は情報量が段違い。

    チェンソーマンのアニメは映像美が話題になったけど、原作にしかないデンジの内面描写やカットされたシーンがある。アニメで「このキャラなんでこう動くんだろう」と感じた部分が、原作では丁寧に説明されていることが多い。

    自分のペースで読めるのも大きい。気になるシーンを何度でも読み返せる。アニメは巻き戻しが面倒だが、漫画はページをめくるだけだ。

    結局どっちが正解か

    「どちらが優れているか」ではなく「どちらが自分に合っているか」の話だ。要はどっちでもいい、好きならそれで、

    ただ一つ言えるのは、アニメで好きになった作品は原作も読んだほうがいい。確実に好きがもっと深くなる。

    どちらから入っても、その作品を好きになったことに間違いはない。入口なんてなんでもいいのだ。